カネ余り時代の金融リテラシー改革は?
日本人は金融リテラシーが低いといわれて久しいですが、その原因の一部は戦後の財政投融資にあったと思っています。
それはどういうことか、具体的に見ていきましょう。
財政投融資とは郵便貯金や年金積立金を国が預り、政府系金融機関、特殊法人に融資していた制度です。(現在は2001年の法改正で形を変えていますが。)
第二の予算と言われていましたね。(小学生のころ、教科書に書いてあったような)
この財政投融資は明治時代からあったのですが、本格的に機能し始めたのは第二次大戦後の資金不足の時代でした。
今のカネ余りの時代には想像できないでしょうが、当時はカネがない時代。
戦後の復興を果たすために長期資金がどうしても必要な時代でした。
その原資に使われたのが、郵便貯金、年金積立金でした。
そして、その資金流通制度を財政投融資と呼んでいた訳です。
つまり貯金をしてもらわなければ国としては困ったわけです。
税金を簡単に高くするわけにはいきませんので。
こうした国の貯金奨励策が預貯金信仰となって今に残っている訳です。
では、肝心の財政投融資は現在どうなっているか。
“ 「運営内容のチェック機構がない」「経営が不透明」「天下りの温床となっている」などの批判を受け、2001年4月に施行された「資金運用部資金法等の一部を改正する法律案」により、財政投融資を廃止。特殊法人は財投機関債を発行し、金融市場から自主的に資金を調達することになった “ のです(以上、コトバンクより)
話は飛んでアメリカの株式市場へ。
アメリカの株価は急落しても納豆のごとくじわじわと戻し、買い手の層の厚さを感じます。
これは、「エリサ法」という法律が機能しているためと考えられます。
アメリカでは被介護人などの後見人や、年金の運用者は預かった資金の一部に「合理的なリターン」を求めることが義務付けられています。
「合理的なリターン」とは何かと言えば、指数と考えるのが普通でしょうから、アメリカではS&P500でしょうし、日本ではTOPIX(東証株価指数)がこれに当たると思います。
要は、アメリカは買い手(人口が増加している)が常に存在し、従ってその額も増えていて、株式の需給が買い手に傾いていることが、アメリカの株価の粘り強さなのです。
話は戻って日本へ。
日本は既にカネ余りで、資金需要は乏しい(と言われていますが、実際には首都高速、上下水道管の更新で莫大なカネが必要。ほかにも宇宙産業など投資対象には事欠かない)ので、財政投融資の改正をした2001年時点でエリサ法のように、個人資金の一部を株式などのリスク性資産に強制的に振り向ける制度が必要だったのでは、と思っています。
ただ政府は当時から、「貯蓄から投資へ」のスローガンを打ち上げ、金融教育をしてきたのですが、如何せん、個人の貯蓄志向が強かったのです。
じゃあ、金融教育はどうあるべきか、ということですが、これはもう、株価が上がるから投資をしたほうがお得という、結果論で説得するしかないように感じます。
それには、先ほど書いたアメリカのエリサ法に準じた施策を導入するのが合理的です。
当然、アセットアロケーションといったリスク分散の考えは、教えたほうが良いですが。
「株をやっているのを職場の人に話せない」、あるいは「株に手を染める」など株式を売買することにアレルギーが根強いのは残念ですね。
本来、日本人はそこそこのリスクを求める人たちだったと思うのですが。
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